事業に貢献する人事部門の特徴
企業が売上を生み出すためのプロセスで、人材が非常に重要な役割を果たしていることは誰もが認めるところです。また、製品・サービスの企画、製造ラインの構築運用、製品・サービスの販売・デリバリー、すべて「人材」なしには成立しません。
しかし、「あなたの会社の人事は事業に貢献できていますか?」という問いに”Yes”と即答できる企業はごくわずかでしょう。この記事では『事業に貢献する人事』について考えます。
目次[非表示]
- 1.VUCA時代の人事のあり方
- 2.CHROとは
- 3.人事部門の貢献度
- 4.事業貢献視点での人事指標
- 5.事業に貢献する人事担当者が持つスキル
- 5.1.リーダーシップ
- 5.2.アウトサイド・イン、インサイド・アウトの情報収集から戦略を描く
- 5.3.インターナルブランディング
- 6.まとめ
VUCA時代の人事のあり方
VUCA(ブーカ)という言葉をご存知でしょうか。VUCAとは、Volatility(変動性、不安定さ)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の4つの英単語の頭文字をとった言葉です。
移り変わる市場や社会情勢の中では、経営ビジョンを明確にして、働く社員に理解してもらうことが必須となります。経営戦略や組織体制などを変えたとしてもビジョンがはっきりしていれば、会社としての軸を保つことができます。この軸は、社員にとって行動指針であり、貴重なものなのです。
人事は、企業のいち部署ではなく、常に経営戦略と絡ませて人事戦略を練っていく必要があります。どうやってビジョンを伝えるか、どうやって人材を育成・確保し、経営戦略の達成に繋げていくか考えなければならないのです。
CHROとは
CHROとはChief Human Resource Officerの略で、最高人事責任者と訳されます。最近ではCPO(Chief People Officer)とも呼ばれるようです。CHROは欧米の企業でよくみられる役職ですが、日本への外資系企業の参入やグローバル化に伴い国内企業でも2000年代に入ってから導入する企業が増えてきました。「人事白書2021」によれば、CHROを設置している企業は約3割です。従業員規模が5,000名以上の企業だと約7割が設置しています。
最高人事責任者というと人事部門の頂点というイメージを持つかも知れませんが、経営的な視点から生産性を向上させるために、CEOの片腕となり、人と組織を経営戦略実現のためにはどのように最適化すべきかを戦略的に考えることに責任を持ちます。つまり、経営陣の1人として人事的観点から経営に携わります。
CHROが存在しない企業では、立てられた経営戦略が人事部門に落とされ、その中で実現に向けて人事戦略を作成します。一方、CHROが存在する企業では、新しい事業の計画段階や事業計画を立てる段階から経営者の一人として参加し、戦略的人事を実現するためのプランを練ります。つまり、CHROをおく価値があるかは人事部門が経営や事業戦略立案時から関わることで、事業推進がドライブするかという点で判断できるとも言えます。
人事部門の貢献度
2020年、日本能率協会が発表した「日本企業の経営課題 2020」調査結果によると、人事部門は自社の競争力を高めることに貢献できているかを尋ねたところ、「とてもそう思う」が 2.8%、「そう思う」が 20.5%あったものの、「ある程度そう思う」が 41.2%と多数を占めました。一方、「あまりそう思わない」との回答も 23.9%ありました。 【図1-1】
同様に、人事部門は競争優位の源泉となる人的資本の形成に貢献できているかを尋ねたところ、「とてもそう思う」が 1.5%、「そう思う」が 16.2%となり、ここでも、「ある程度そう思う」が 43.0%と多数を占める結果となりました。「あまりそう思わない」との回答も 27.6%ありました。 【図1-2】
デジタル化の進展という大きな経営環境の変化に加え、今般のコロナ禍によって働き方への転換が求められるなど、企業経営においては、事業や働き方の大きな変革が迫られています。人事部門には、「ある程度」に留まることなく、さらなる経営への貢献が期待されています。
出所:一般社団法人日本能率協会『日本企業の経営課題 2020』より
事業貢献視点での人事指標
人事部門の顧客は誰なのか、という定義で人事部門の仕事の仕方が変わってくるのではないかと思います。人事部門の顧客は「従業員」だけでなく、「経営者や事業部門」そして自社の製品やサービスをご利用いただいている「顧客」も人事部門の顧客だという視点で仕事をすると変化が生まれます。
例えば、「自社の販売員を見て『こんな人たちを採ってくれているのなら、この会社のサービスは大丈夫だ』と優良顧客が納得してくれる採用をしているだろうか」と考えます。そうした発想があれば、販売員の顧客満足調査結果を人事も確認をするでしょうし、人事評価や採用時のデータと相関を確認することが必要だと気づきます。
営業成績をはじめとする事業側で作られるデータを人事部門が持っていないという企業も多いですが、今後は人事データ、ピープルデータだけでなく、事業に関わるデータも含めて社員や組織を多角的に分析し、事業に貢献していくことが必要です。
また、経営や事業部門長に対しても、単なる人件費管理に留まらず、社員一人当たりの投資とライフタイムバリューを管理していくことなどが求められるようになります。
例えば、社員への投資(キャッシュアウト)として
・採用費
・教育費
・福利厚生費
・給与
・賞与
などがあり、逆にその社員の個人売上(キャッシュイン)が毎年あります。
入社時は当然投資額の方が多くなりますが、何年で損益分岐点を迎えているのか、赤字の社員は全体の何%いるのかなどを人事の指標として持つことで、より事業に貢献するための戦略が立てられるようになります。
事業に貢献する人事担当者が持つスキル
こういった『事業に貢献する人事』に求められるスキルは何でしょうか。
リーダーシップ
VUCAの時代においては不確実なことで決断・変革が求められます。また、そのスピードはこれまでと比較しても早いです。社会・顧客・社員の変化に合わせ、柔軟に素早く判断と実行をしていくことが必要になります。
この時、人事が何のために、どうなる(ありたい姿)ためにその戦略を推進しようとしているのか背景や想いがあるはずですが、経営や従業員に納得してもらうコミュニケーションを怠ると、人事は「やっていることがコロコロ変わる」、「何をしたいのかわからない」と不信感を生みます。
正解がわからない時代だからこそ、丁寧にコミュニケーションをとりながら、経営戦略実現に向けた変革を実行し続けなければならないのです。
アウトサイド・イン、インサイド・アウトの情報収集から戦略を描く
アウトサイド・インは、2015年9月に国連で採択された「SDGs(持続可能な開発目標)」のビジネス指南書「SDGコンパス」で示された概念です。下の図では、社会的課題を基点にしたベクトル(右上から左下)と、企業のリソース(人材、技術、資金など)を基点にした左下からのベクトルがぶつかるところに新規ビジネス(モデル)の可能性があることを指しています。
アウトサイド・インは、文字通り外側から内側という意味で、外の環境の変化や条件を中心にして経営戦略を推進するやり方です。
反対にインサイド・アウトは、内側から外側という意味ですから、企業が持っている経営資源をベースにして何ができるかという経営戦略を推進するやり方です。
もちろん、一方だけの見方では、リスクが大きくなりますからバランスが必要ですが、人事においては特に、社会状況・顧客を理解していないことが多いのではないでしょうか。社会の変化や競合企業の人事戦略の変化に気付かない、分析をしていない、そのような状態で様々な人事戦略を実行しようとしても、共感が得られないことが多くなります。
また同時に、自社の強み・弱みなどを正しく理解するために、社員とコミュニケーションをとる、情報を収集する、データで分析するといったことも当然必要です。
両方のバランスを取りながら、戦略を描くことがこれからの人事には求められていきます。
インターナルブランディング
こういった変化の激しい環境下で重要となるのは、ブレない軸です。パーパスや自社が大切にしている価値観・行動指針を浸透させることです。単に、発信するという行為だけでなく、あらゆる場面で従業員たちがそれを体感できるように、組織風土づくりの施策に取り込んでいきます。
これからのVUCA時代では、タイムリーでオープンなコミュニケーションが不可欠です。人事はオープンなカルチャーをつくる立役者であり、従業員一人ひとりが、自分の仕事や自社に誇りと情熱、そして愛着心を持てるよう、エンゲージメントを高めるためのインターナルブランディングを推進する力が必要になります。
まとめ
人事部門の業務は、ミスや遅延が許されないものも少なくなく、また、直接お金を稼げるわけでもないので、どうしても「守り」の働きに重点を置きがちです。「守り」も当然大切ではありますが、同時に、「人事も業績に貢献するのだ」という視点に立ち、人事部門の役割を見つめ直すと、新たな戦略や施策が生まれてくるでしょう。